歌は、歌詞を口で喋りながら、メロディを奏でるという両方をこなす作業です。歌というのは、表現の世界と、音楽の世界と、発声の世界が交わるところです。

どちらが大事かといえば、もちろんどちらも大事です。いくら気持ちを表現しても、音やリズムが合っていないと音楽ではありませんし、逆に音が取れていても、気持ちが入っていないと何も伝わりません。そして、発声器官が鍛えられていないと、両方表現することができません。

このバランスはとても難しいところではあります。

ある人は、音楽性を重視し、耳障りなような音を無くすようにと教えるかもしれませんし、ある人は、表現を重視し、とにかく感情を入れろと教えるかもしれません。そしてある人は、発声器官を痛めないような発声をするように教えるかもしれません。

音楽と表現と発声、これらは永遠の課題ですね。

表現の世界

例えば俳優や声優を例に取ってみます。彼らは音楽ではなく表現の世界に生きています。

表現の世界においては、例えば誰かが目の前で殺されて、泣き叫ぶような台本を与えられた時には、思いっきり叫ばなければなりません。そこに喉に良い発声、悪い発声なんてものは関係ありません。人が死んだ時にいちいち声帯へのダメージを考える人はいませんよね。それが表現の世界です。

彼らは「演じる」ということに徹します。そこに発声の良し悪しなんてものは存在しません。そんなものを気にしていたら、最高の役を演じる事ができません。

歌の世界

歌はどうでしょうか。

歌の場合、メロディを奏でる必要があるため、発声も重要視せざるをえません。発声がちゃんとできなければ、高音が出せない、音が取れない、すぐに声が枯れる、などの問題が起きてしまいます。

そして、リズムや強弱が付けられないと、音楽としても表現できません。

こういったことから、音楽的な観点や、発声(楽器)的な観点からも声を見ていくことが重要視されます。

歌の場合、台詞を読み上げるだけよりも発声について考えなければいけませんが、詩とメロディがある時点で、もちろんボーカルにはそれを伝えるという使命があります。これらは役者で言う台本です。

同じように、誰かが目の前で殺されて、泣き叫ぶような歌詞を与えられた時は、歌手であってもその気持に入り込んで、叫ばないといけないと思います。

そこで発声器官へのダメージなんかを気にしていたら、伝えるものも伝わらないでしょう。

発声を考えるといえども、最終的には歌手も表現の世界に入っていかなければなりません。

ボイストレーニングと表現

ボイストレーニングは、発声器官をダメージから守るという役割も果たします。喉に負担をかけるような発声を無意識にしていた場合、いつの間にかダメージが蓄積され、発声器官の破壊を招きます。

例えば、裏声を全く使わない発声です。度を越したチェストボイスの張り上げは喉に負担をかけるため、発声基礎としては好まれません。そして代わりにミドルボイスというものがあります。

ミドルボイス、チェストボイスを上手く切り替えられれば、発声器官にあまり負荷をかけなくても、高音域まで力強く出せるようになります。

しかし、それはあくまでも発声の基礎作りであって、実戦となると話は全く違います。

実戦では、伝えたいものを聴き手に伝えることができれば勝ちです。そして音楽的に心地良い声を届けられたら勝ちです。

しかし、発声器官を痛めないようにと、歌詞で叫ぶべきところで叫ばない方が良いのでしょうか。発声器官に悪いからと、どんな曲でも高音でミドルボイスを使えば正解なのでしょうか。それはちょっと違う気がします。

チェストボイスを張り上げたときに与える感情、ミドルボイスを発声したときに与える感情は違います。ちゃんと自分なりに曲調や歌詞を解釈して、その通りの気持ちが歌に込められないと、いつの間にか何も伝わらない歌い方になってしまうかもしれません。

特に発声の観点から表現技法を選ぶとこういった問題点が生じます。発声の観点から見れば、ここは息漏れ声で、ここは声を強く出して、などと考えるとは思いますが、なぜそのような表現をするのかを決めるのは、曲調や、歌詞の解釈ということになります。

気持ちや感情というのは、表現技法を決めるための指針になります。気持ちを抜きにして、適当に声を息漏れさせても意味がないのです。

良い発声と悪い発声

表現と音楽の視点からしてみれば、良い発声とは、その曲調、歌詞の解釈に適した発声です。喉絞めであろうが張り上げであろうが、そういう気持ちを表現したいのであれば正解です。

ボイトレで基礎を固める段階であっても、「高音ではミドルボイスが正解」「喉絞め発声は良くない」といった固定概念だけは思わないようにしていただきたく思います。

人に聞かせるのが歌です。伝えたいものを伝えるための歌です。感情を大事にして歌っていきましょう。